津地方裁判所 昭和33年(行)1号 判決 1959年4月17日
原告 高士実
被告 津税務署長
訴訟代理人 林倫正 外七名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(申立)
原告は、被告が昭和三〇年七月二九日なした原告の昭和二六年度分所得税の総所得金額を七四万一五九〇円と更正した決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めた。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求めた。
(主張)
原告は、請求原因として、
(一) 原告は、昭和二七年二月二九日昭和二六年度分所得税確定申告をなすに際し被告に対し、総所得金額を農業所得のみの五万二八九〇円として申告したところ、被告は、昭和三〇年七月二九日右総所得金額を右農業所得に山林所得六八万八七〇〇円を加えた七四万一五九〇円に更正すると決定し、その頃原告にその旨通知して来た。
(二) そこで原告は、同年八月一八日被告に対し再調査の請求をしたが、同年一一月一七日その請求を棄却され、その頃その旨の通知を受けた。
(三) そこで原告は、更に同年一二月一二日名古屋国税局長に対し審査の請求をしたが、昭和三三年一月一〇日その請求も棄却され、その頃その旨の通知を受けた。
(四) しかし、原告は、昭和二六年三月一四日訴外白井俊雄に対し原告所有の宝波山山林の立木を代金一〇〇万円で売渡したことはあるが、訴外松谷伊兵衛に対し右立木を売渡したことはなく、白井俊雄からは右売買代金を全然受取つておらず、その後昭和三一年頃白井俊雄との間で裁判上の和解により右売買代金債権を放棄した。従つて原告には昭和二六年度は山林所得はなく、原告の同年度分総所得金額は前記原告の申告のとおり農業所得のみの五万二八九〇円であるから、被告が原告に山林所得ありとし右総所得金額を七四万一五九〇円と更正した決定は違法である。
(五) また右更正決定は、昭和二六年度分所得税確定申告書の提出期限から三年を経過した日以後になされたものであるから、この点においても違法である。
(六) よつて右更正決定の取消を求めるため本訴に及んだ。と述べ、被告の主張に対し、
原告に昭和二六年度分山林所得があるとすれば、原告の同年度総所得金額が被告主張のような計算になることは認める。
被告が原告に対し昭和二六年度分山林所得について申告指導をしたとの点は否認する。尤も昭和二六年度分所得税確定申告の更正期間経過後である昭和三一年五月一六日はがきをもつて昭和二六年度分山林所得について申告をなすべき旨通知して来たことはある。と述べた。
被告指定代理人は、請求原因に対する答弁並びに主張として、
(一) 請求原因(一)乃至(三)の各事実は認めるが、同(四)、(五)の各事実は争う。
(二) 原告は、昭和二六年三月三〇日訴外松谷伊兵衛に対し、原告所有の三重県安芸郡河内村大字宝波二五九九番山林一町六反六畝一七歩に生立する立木を、そのうち原告の指定する用材となるべき立木五〇本を除き、代金一〇〇万円で売渡し、右同額の売買代金債権を取得した。而して税法上は、債権を取得すれば支払の有無を問わず所得があることになるのであり、またその債権を放棄してもそれは贈与とみなされ損金には計上されないのである。従つて原告は、昭和二六年度は右売買代金債権額一〇〇万円から右立木の再評価額三一万一三〇〇円を控除した残額六八万八七〇〇円の山林所得があつたのであり、原告の同年度総所得金額は右山林所得に農業所得五万二八九〇円を加えた七四万一五九〇円であるから、原告の同年度総所得金額を右同額とする旨の本件更正決定は違法ではない。
(三) また原告は、前記山林所得があるにも拘ず昭和二六年度分総所得金額として農業所得のみを申告し、更に被告が同年度分所得税確定申告書の提出期限から三年を経過する前である昭和三〇年一月二二日原告方に臨戸し前記山林所得をも申告しなければならない旨を従慂したのにこれに応ぜず、前記立木の買主は松谷伊兵衛ではなく白井俊雄であると主張しその売買代金も契約書には金二〇万円と記載するなどして、前記山林所得の確定を誤らしめて納税を免れようとしたのであつて、これは、詐偽その他の不正行為により所得税を免れる行為にあたるものというべきである。
従つて所得税法第四六条の二第一項但書により、原告の昭和二六年度分所得税確定申告に対する更正については、三年の更正期間の制限はないから、この点においても本件更正決定は違法ではない。と述べた。
(証拠関係)<省略>
理由
一、原告は昭和二七年二月二九日昭和二六年度分所得税確定申告をなすに際し被告に対し総所得金額を農業所得のみの五万二八九〇円として申告したところ、被告は昭和三〇年七月二九日右総所得金額を右農業所得に山林所得六八万八七〇〇円を加えた七四万一五九〇円に更正すると決定しその頃原告にその旨通知したこと、そこで原告は同年八月一八日被告に対し再調査の請求をしたが、被告は同年一一月一七日右請求を棄却しその頃原告にその旨通知したこと、そこで原告は更に同年一二月一二日名古屋国税局長に対し審査の請求をしたが、名古屋国税局長も昭和三三年一月一〇日右請求を棄却しその頃原告にその旨通知したことは、いずれも本件当事者間に争いがない。
二、原告は、昭和二六年度は山林所得がなかつたから、これがあるとしてなされた本件更正決定は、まずこの点において違法であると主張するので、まずこれについて検討する。
原告が昭和二六年三月その所有の三重県安芸郡河内村大字宝波二五九九番山林一町六反六畝一七歩に生立する立木をそのうち原告の指定する用材となるべき立木五〇本を除き代金一〇〇万円で他へ売渡したことは原告の自認するところである。原告は右立木の買主が被告主張の訴外松谷伊兵衛ではなく、訴外白井俊雄であると主張するが、買主が右両訴外人のいずれかに対して売買代金債権を取得したわけである。そして所得税法は、損益の帰属関係を定めるに当つて、いわゆる債権発生主義の原則を採用しているから(同法第一〇条第一項)、原告が右のように売買代金債権を取得した以上、原告は昭和二六年度は山林所得があつたとみるべきである。而して債権発生主義の原則の下において所得額算定に当り計上し得る損失ありといえるためには、当該年度内に債権の取立不能又は放棄の事実が確定し、従つて所得税確定申告当時右債権が無価値であることが確定していなければならないものと解すべきであるが、前記売買代金債権について昭和二六年度内に右のような事実が確定したと認むべき証拠は何もないから、計上すべき損失もないことに帰する。
それどころか、成立に争いのない甲第一号証、同第四号証の二、三、同第七号証、乙第一乃至第七、第九号証を綜合すれば、原告は、訴外白井俊雄から同人が請負つた国立津病院改修工事の材料費等に充てるための運転資金の融通を頼まれたので、昭和二六年三月一四日同人から担保として同人の国に対する請負代金債権の譲渡を受けたうえ、同人に対し原告所有の前記立木の処分を委ね右処分代金をもつて右運転資金に充てさせることにしたこと、ところが白井俊雄が右立木の適当な買主を見つけることができなかつたので、あらためて原告が適当な買主に右立木を売却してその代金を白井俊雄に融資することになり、原告は、昭和二六年三月三〇日訴外松谷伊兵衛に対し右立木を代金一〇〇万円で売渡したこと、而して松谷伊兵衛は、右売買代金については、(1) 同月三一日原告に対しその内金として金三〇万円を支払い、(2) 当時白井俊雄に対し金二〇万円の木材代金債権を有していたので、同日原告との話合いで、右債権を前記原告の白井俊雄に対する融資額の一部に充てることにし右債権と本件売買代金債権とを右金二〇万円の限度で相殺し(3) 同日原告が松谷伊兵衛との話合いで白井俊雄に本件売買代金の受領権限を与えたので、白井俊雄に対し、同年四月二八日金二万円、同年六月一日金一万五〇〇〇円、同月五日金一二万円をそれぞれ支払い、(4) その後原告との話合いで原告の訴外堀内米蔵に対して支払うべき金三〇万円の債務を引受け原告に代つてこれを弁済しその求償権と本件売買代金債権とを右金三〇万円の限度で相殺し、従つて計金九五万五〇〇〇円を決済したこと、そして原告は、更に昭和二七年中松谷伊兵衛を相手どつて当裁判所に対し本件売買残代金請求訴訟を提起し、昭和二八年七月六日本件売買残代金四万五〇〇〇円について勝訴判決を得、右判決はその後確定したことが認められる。甲第二、第三号証、同第六号証の一乃至三、同第八、第一一乃至第一三号証はいずれも右認定に反するものではなく、同第九、第一〇号証も右認定を覆えすに足るものではない。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると前記立木の買主は訴外松谷伊兵衛であり、その売買代金は一〇〇万円のうち九五万五〇〇〇円までが既に決済され、残り四万五〇〇〇円についても原告は松谷伊兵衛に対しその支払を命ずる確定判決を有しているわけであり、しかも右判決に基く強制執行が不能になつたと認むべき証拠はないから、原告に昭和二六年度は右立木売買による山林所得があつたことは明らかである。
そして原告に右のとおり昭和二六年度は前記立木売買による山林所得があつたとすれば、原告の同年度総所得金額が前記立木売買代金一〇〇万円から右立木の再評価額三一万一三〇〇円を控除した残額六八万八七〇〇円の山林所得に五万二八九〇円の農業所得を加えた七四万一五九〇円となることは、原告の認めるところであるから、原告の同年度所得金額を右同額とする旨の本件更正決定は、この点において何ら違法ではない。
三、原告は、本件更正決定は、昭和二六年度分所得税確定申告書の提出期限から三年を経過した日以後になされたものであるから、この点においても違法であると主張するので、次にこれについて検討する。
原告は、昭和二六年度は、農業所得のほかに前記のように山林所得があつたのであるから、確定申告をなすに当り農業所得のみを申告し山林所得を秘匿したことは、単なる無申告と目すべきではなく、全体として虚偽の過少申告になるものというべく、更に証人土見保の証言によれば原告は、昭和二六年度確定申告書提出期限から三年を経過する以前である昭和三〇年一月二二日被告から前記山林所得について申告をなすべき旨の指導を受けながらこれに応じなかつたことは認められるから、原告の以上の所為は、詐偽その他の不正行為によつて所得税を免れる行為にあたるというべきである。従つて、所得税法第四六条の二第一項但書により、原告の昭和二六年度分所得税確定申告に対する更正については、三年の更正期間の制限はないから、本件更正決定は、この点においても違法ではない。
四、以上の次第で原告の本訴請求は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本重美 西岡悌次 露木靖郎)